広重画を検証し15年かかった東海道53次の旅!!(日本橋〜袋井宿)


東海道53次宿場画像集(東日本編)

東海道53次宿場画像集(西日本編)

東・中・美-環状歴史・出世街道。

和暦西暦早見表

フリー百科事典・ 東海道一里塚


芦ノ湖畔から富士山を撮る。

箱根杉並木。

杉並木の間から見る富士山。富士山が一番美しく見えるのは3月下旬といわれます。3月25日撮影。

上から芦ノ湖と富士山と観光船。国史跡・箱根の杉並木。箱根峠から三島へ下るバス車窓の富士山。
(箱根宿特集その1) (特集その2) (特集その3)


吉原市今泉地区にて。2012.3.25撮影、

富士山の風景、のぞみ号の車窓から。「インパク感謝の夕べ」に出席のため上京。


薩垂峠(さったとうげ)から富士山と駿河湾を撮る。
和尚とji-jiの東海道膝鍛える旅道中
(由比宿第1部 由比宿第2部

東・中・美:環状歴史・出世街道が完成しました。遠くて行けない
「四国お遍路」に代わり神社、仏閣も多く身近な、一周約234キロの
宿学旅行に出かけませんか。


日本橋にあるポケットパーク、 全国に向かう各道路の里程が刻まれています。


画像をクリックして下さい。
地球 のコラボにより地球をクリックで自由に操作,
愛知のてっぺん豊根村 茶臼山高原スキー場 から〜世界のてっぺんエベレストまで
即座に飛んで行けます。南極大陸(昭和基地)も北極のすばらしさも手に取るように
ご覧いただけます。地球が出ましたら左上の「googleマップを検索する」に住所
又は件名を日本語で入力してください。

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江戸・日本橋から1番目:江戸日本橋から約1里の金杉橋下の説明板によれば1里塚

のことは全く触れられていませんが多門建設計画が中止となり土手と一緒に取り払われたか、
あるいは最初から設置されていないのではといわれる。


金杉橋下の説明板と金杉川。 金杉橋

Shimuraichirizuka
ウィキメディア・コモンズ経由で・志村一里塚 (東京都板橋区)

番外参考・中山道板橋宿の両側に残る立派な一里塚です。


江戸・日本橋から2番目:この石碑に江戸・日本橋より二里と刻まれているのでここが一里塚跡です。

江戸・日本橋から3番目:大森一里塚跡

江戸・日本橋から4番目:六郷一里塚跡。


江戸から・日本橋5番目:鶴見宿(間の宿)・市場村一里塚と付近の旧東海道街並み。

江戸・日本橋から6番目:東子安一里塚跡


江戸から7番目:神奈川一里塚跡、大綱大神金刀比羅宮の参道入り口、平成23年6月4日撮影。


江戸から8番目:保土ヶ谷一里塚から今来た江戸方を写す。


両側の塚の樹が鮮明に見られる(左写真)。

江戸から9番目:品濃一里塚(戸塚)。


江戸より10番目:吉田(戸塚)一里塚跡。


江戸から11番目:吹上原宿一里塚跡1。
江戸時代はもっと急な坂道であったと説明されている。


江戸から11番目:吹上原宿一里塚跡2。


江戸から12番目:遊行寺一里塚跡
(神奈川県藤沢市西富一丁目)


13番目辻堂一里塚跡(四ツ谷一里塚)。


14番目茅ヶ崎一里塚、
京方より順に掲載、平成23年6月3日。


15番目馬入一里塚。
ここから平塚宿を西へ歩き、日が暮れるまでに
どこまで到達できるか判らない。


16番目化粧坂一里塚跡
広重画検証:この案内板に虎が雨の場所が書かれていることからこの場所と思われる。


17番目の国府本郷一里塚跡。


18番目の押切坂一里塚跡。


19番目の小八幡一里塚跡。


20番目の小田原一里塚跡。
江戸口見付跡の向かい側(街道南側)に建つ。


21番目の風祭一里塚跡。
今日はここからスタート。 大磯方面に行きます。
風祭一里塚跡


22番目湯本茶屋一里塚跡
。湯本茶屋一里塚跡と街並み。


24番目葭原久保(箱根)一里塚
接待茶屋:山中新田一里塚から
丁度一里(約4キロ)歩いたことになります。番場宿久禮一里塚跡碑
書き込まれた川柳に「くたびれたやつが見付ける一里塚」、納得してにっこり。


箱根・杉並木の間隙から
2012.3.25、13時40分撮影、
富士山が最も美しく見えるのは3月下旬と言われます。
(箱根宿特集その1) (特集その2) (特集その3)


25番目山中新田一里塚、国指定史跡となっています。接待茶屋跡の向かい側に
立っています。
葭原久保(箱根)一里塚跡の次です。 やはり街道でダントツ1位の難所です。
接待茶屋跡地・山中新田一里塚 接待茶屋

リンク: ボランティアの原点〜「三島接待茶屋」
箱根の歌 天下の険 箱根名所巡り 滝廉太郎、林光、


26番目笹原一里塚跡左:笹原新田一里塚碑と片側の一里塚。
笹原新田一里塚碑


27番目錦田一里塚上下の写真で一対となっています。


27番目錦田一里塚上下の写真で一対となっています。


28番目玉井寺一里塚。

28番目伏見一里塚・宝池寺一里塚。
旧東海道を挟んで向い側の玉井寺一里塚
とあわせて伏見一里塚とも言われ立場があったと記されています。


江戸から29番目:沼津一里塚跡、
平作地蔵の斜め向かい側にあります。。


江戸から30番目:松長・大諏訪一里塚跡。


江戸から31番目:原一本松一里塚跡。


江戸から32番目:沼田新田一里塚と旧東海道。

江戸から33番目:依田橋一里塚跡


江戸から34番目:本市場一里塚跡。

江戸から35番目:見当たりません。


江戸から36番目:国史跡・岩渕一里塚。道の両側にあります。


江戸から37番目:蒲原一里塚跡。


江戸から39番目:由比一里塚跡、藤屋の向かいにあります。

江戸から40番目:西倉沢一里塚跡


江戸から41番目:興津一里塚跡


江戸から42番目:辻一里塚跡。


江戸から43番目:草薙一里塚跡。


江戸から44番目:長沼一里塚跡
(右写真赤い矢印電柱のすぐ左横下小さく見える)。


江戸から45番目:府中一里塚跡。


江戸から46番目:丸子一里塚跡,
歳月を感じさせる石碑です。

江戸から47番目:宇津ノ谷一里塚跡

江戸から48番目:岡部一里塚跡

左:岡部宿の入り口、岡部一里塚
は観音堂の向かい側,この場所にあったそうですが確認するものがない。
右は岡部宿大旅籠柏屋歴史資料館。


江戸から49番目:鬼島一里塚跡


江戸から50番目:志太一里塚跡。
勝早橋南たもとにある。


江戸から51番目:上青島一里塚跡と付近の街道。


江戸から52番目:島田一里塚跡。


江戸から53番目:金谷一里塚跡。JR金谷駅ガード下にあります。

江戸から54番目:

江戸から55番目:


江戸から56番目:掛川市には江戸方よりこの佐夜鹿一里塚、伊達方、葛川、大池の4箇所があります。


江戸から57番目:伊達方一里塚跡。


江戸から58番目:葛川一里塚跡。


江戸から59番目:大池一里塚跡。


江戸から60番目:久津部一里塚跡。
袋井東小学校前にあります。


江戸から61番目:木原復元一里塚、
東海道沿線の復元一里塚。


江戸から62番目:阿多古山一里塚。(北側)
左写真の森の中に南側の一里塚があり一対をなしています。


江戸から63番目:宮之一色一里塚跡。


江戸から64番目:安間一里塚跡
と旧東海道。


馬込一里塚(写真モザイクの位置)、4回目訪問に思い余って、すぐ近くの浜松東警察署に尋ねたら、
木柱のため倒れて以来、そのままになっているとのこと早急の復旧を希望します。
江戸から65番目:馬込一里塚跡


江戸から66番目:若林一里塚跡
市街地を抜け新幹線のガード下を通り南下して来ました。

 
江戸から67番目:篠原一里塚跡

 
江戸から68番目:舞阪一里塚跡。


江戸から68番目:北側の舞阪一里塚跡。


江戸から69番目:新居一里塚跡。


江戸から70番目:白須賀宿一里塚跡、
高札建場跡、問屋場跡


江戸から71番目:細谷一里塚とも言われる。


江戸から72番目:二川一里塚、
新幹線ガード下、東海道線を渡ると宿場の東端の二川宿案内所前にある。


江戸から73番目:飯村(いむれ)一里塚跡
(旧道と国道1号線の合流点にある)、
左写真はマックの駐車場から南(殿田橋)方面旧東海道を見る。


江戸から74番目:下地一里塚跡
豊橋市下地町にあります。


江戸から75番目:伊奈一里塚跡。
山本太鼓店の横にある。


江戸から76番目:御油一里塚跡。


江戸から77番目:長澤一里塚跡。
長沢一里塚跡と付近の町並み。


江戸から78番目:赤坂一里塚跡。


江戸から79番目:藤川宿の一里塚。


江戸から80番目:大平一里塚。
フリー百科事典より出稿。

大平一里塚、南側。


右は大平一里塚の北側跡地に立つ常夜灯、左は岡崎宿入り口付近


大平一里塚、南側。


江戸から82番目:矢作一里塚跡。
旧東海道矢作橋西にある勝蓮寺。ここに矢作一里塚があったとされますが
全く痕跡がありません。


熊野神社前に建つ尾崎一里塚。 尾崎一里塚


江戸から83番目:尾崎一里塚跡
尾崎一里塚付近(知立宿方向を写す)の松並木と誓願寺前浄瑠璃姫の石碑。 。


熊野神社前に建つ尾崎一里塚。
尾崎一里塚


江戸から84番目:来迎寺一里塚
南北が揃って現存するのは貴重な存在、左南側、右は北側。


江戸から85番目:一ツ木一里塚跡。
1号線一里山歩道橋たもとにあります。黄色の矢印、
高さ70〜80cm位のモニュメント。 知立一里塚跡


江戸から86番目:阿野一里塚。
2016.7.2撮影。川柳に「くたびれた奴が見つける一里塚」。徒歩の
人が納得する休憩所でもありますが現在では数箇所(東海三県)のみとなりました。
県下には裕福寺一里塚。岡崎街道(県道56号線)
笠寺一里塚(名古屋市南区)
大平一里塚(岡崎市)有松一里塚(復元)来迎寺一里塚・知立市です。


江戸から87番目:有松一里塚(南北両側完成、写真は北側)。2017.5.6日撮影。
有松一里塚・復元


江戸から88番目:笠寺一里塚
巨大なエノキ樹齢約400年、名古屋市内を通る旧東海道で唯一残る一里塚


江戸から89番目:伝馬町一里塚。
左:裁断橋跡から見る伝馬町一里塚。


旧東海道西の端、突き当たりにある「ほうろく地蔵」。ここ追分の地には源太夫社
(上知我痲神社)があったが今は南門西に移転鎮座されています。 ほうろく地蔵


旧東海道西の端にある熱田の追分、重要な場所の案内板と石碑。


上記旧東海道西の端から「七里の渡し」方面(左)と熱田神宮南門(右)を見る。熱田神宮の南門から
宮の渡しまで約500メートルの間賑わいは街道一と言われました。この間を1号線が貫通し分断され
さらに19号線(伏見通り)で西側を分断、247号線で七里の渡しへの道も分断され歴史あふれる
神宮付近は民有地でありながら神宮が孤立し往時の賑わい(伊勢のおかげ横丁に匹敵、民有地)を
失いました。

海路・七里の渡しへ 江戸から海上七里90番目〜96番目はありません。

陸路・佐屋街道へ

佐屋路と周辺の主要街道
上記道路地図
地図中ほどの「江戸初期の海岸線」が明治の東海道と思います。 上記道路地図
地図中ほどの「江戸初期の海岸線」が明治の東海道と思います。


新幹線ガード下を過ぎると唯然寺、邸内の津島街道・一里塚跡碑(右)
と山門。

唯然寺


佐屋街道:岩塚一里塚跡
古書と実測によればここ岩塚石橋付近に岩塚一里塚があるはずですが見当たりません
徳川幕府は佐屋街道を東海道並に保全するように命じていた。右は付近のお題目碑。


佐屋街道:千音寺一里塚跡。七所社前の一里塚跡(大治町)。


佐屋街道:神守一里塚。
佐屋街道に唯一今も残る。 神守一里塚


佐屋街道:津島一里塚跡
清光院境内にあり、神守一里塚の次に位置しますが佐屋街道とは
埋田の交差点付近で別れています。近年津島街道が整備され一般に県道津島線と呼ばれ、津島
の文字が使用されているようです。 津島一里塚跡:清光院


佐屋三里の渡し址石碑。


「佐屋三里渡し場」風景。佐屋川、内川(長島地内)の穏やかな川船に揺られて桑名宿へ。
この渡し場も明治中ごろ川の堆積物により廃止された。巡見街道を5キロ下流の
「ふたつやの渡し」まで行き、新しく明治5年に東海道が宮から前ケ須まで設置され
併せて広く利用されるようになった。


この三里の渡し航路図は愛知県図書館蔵書「佐屋街道」からコピー拡大したものです。

江戸から海上七里90番目〜海上七里95番目までありません。


江戸から96番目:桑名宿一里塚跡
を指す標識は見当たりません。


江戸から97番目:縄生(なお)一里塚跡、
まもなく員弁川(町屋川)にでます。橋を渡ると
朝日町から桑名市に入ります。


江戸から98番目:富田一里塚跡。
静岡県からのひとり旅人と出会い
しばし宿場の様子を語り、無事を祈り南北に別れた。その後2011
.10.29に再会を果たし、日本百名山を完登し、東海道も今日宮
宿(名古屋市)で完歩されたと聞き敬意と感動を交換しました。


99番目:三ツ谷一里塚跡。
海蔵川沿いにあり旧東海道の橋はなく1号線の橋
を回り道します。


100番目:日永一里塚跡、
石碑が一本建っているだけでした。


101番目:うねめ一里塚、
国道1号線スタンドの脇にひっそりと建っています。


102番目:石薬師一里塚。


103番目:中富田一里塚、
ここから亀山宿へ行きます。
この付近から西へかけて家の庭先に 綺麗な花が咲いて旅人を和ませてくれます。


104番目:和田一里塚跡。
中富田一里塚から一里の道程となります。


105番目:野村一里塚。
平成12年過ぎ再度訪問して撮影したものです。


江戸から106番目:関一里塚跡。
ここは東追分、鳥居をくぐり坂をおりれば伊勢別街道となる。


江戸から107番目:一ノ瀬一里塚跡
と国道1号線、左写真、矢印電柱の下。


江戸から108番目:荒井谷一里塚跡


江戸から109番目:山中一里塚。
国道1号線と新名神高速が交差するところにあります。


江戸から110番目:土山一里塚。


>江戸から111番目:市場一里塚。


江戸から112番目:今郷一里塚


江戸から113番目:林口一里塚跡
と五十鈴神社。


江戸から114番目:泉一里塚
横田の渡し場から水口宿ヘ向かう途中(約200メートル)にあります。


江戸から115番目:夏見一里塚跡
夏見一里塚付近


江戸から116番目:石部一里塚跡


江戸から117番目:六地蔵一里塚
「梅木の立て場跡」の記念碑。


江戸から118番目:目川一里塚跡。


江戸から119番目:野路一里塚跡
の碑がある上北池公園


江戸から120番目:月輪池 一里塚跡、
jr瀬田駅へ通じる街道一里山2丁目交差点に建っています。
草津宿はここから江戸方に向け順に掲載し行きます。


江戸から121番目:粟津一里塚跡
があったとされるここ晴嵐1丁目付近は大企業、公園、中学校などの生垣ばかりで
何の標識も見つかりませんが松の木などが3箇所で見られる程度。 粟津一里塚推定場所


江戸から122番目:石場一里塚跡
の場所は確認できず、ここ平野神社付近ではないかと思われます。


江戸から123番目:走井一里塚跡
月心寺横に立つ碑(左:大谷町、右:一里丁と刻まれている。)、
走井一里塚碑はこの石碑の向かい側にあった。琵琶湖方面を見る。左:大谷の歩道橋から琵琶湖方面を見る。


江戸から124番目:御陵一里塚跡
、左:天智天皇山科陵の参道。右はがあると言われる付近の町並み
何も確認出来ませんでした。 御陵一里塚跡(推測)


西八龍社。ふれあい橋を渡ってすぐ東の社で雷除けの神社として知られる。朱雀天皇の御代
承平年間(921〜938)の創立と伝えられる。また境内の榎の大木は神社には珍しく
旧東海道の一里塚には幕府から榎を植えつけるよう指示され、夏の木「国字・榎」とされ木陰
を作り休息に適するといわれ、さらに国蝶の「オオムラサキ」は榎の若葉を餌とし産卵する
と記されています。 西八龍社


裕福寺一里塚碑。
左下は街道を挟んで南北の一里塚。

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リンク:干支:和暦・西暦・早見表  〔 元治元年〜平成55年(1864〜2043)〕 はこちら】
リンク: 干支:和暦・西暦・早見表【永禄7年〜文久3年 (1564〜1863)〕はこちら


中仙道往還:美濃路の旅。

別名:出世街道とも言う
東海道53次宿場の旅
画像の中の文字、曲名を
クリックして下さい

旧東海道脇往還:佐屋街道
の身軽旅。


江戸時代からの佐屋街道(陸路)は

明治になりこのルートに変更されました

下街道(善光寺街道)



鎌倉街道・尾張編完成しました


遠くて行けない「四国お遍路」に代わり身近な、一周約234キロ、


30宿場の宿学旅行東・中・美-環状歴史・出世街道の旅にでませんか。
信長気取りも良し、芭蕉を慕うも良し、平成親子お遍路も、健康にも、学習、
大自然にもすべて良し。宿学旅行東・中・美-環状歴史・出世街道の旅
宿学旅行で東・中・美-環状歴史・出世街道(第1部) (第2部)
(秀吉公城下町・長浜市その1) (秀吉公城下町・長浜市その2)
(第3部)

中仙道・柏原宿〜醒ヶ井宿の旅(162.8mb)

中仙道・武佐宿と安土城跡の旅第1部(162.8mb) 第2部(mb)

関が原古戦場跡第1部 関が原古戦場跡第2部

本邦初 400年前の鈴鹿峠(196.5mb) 鈴鹿峠2部(188.6mb)

中仙道往還:美濃路の旅(名古屋宿第1部) 美濃路の旅(清須宿第1部)

美濃路の旅(清須宿第2部) 美濃路の旅(萩原宿→起宿)

美濃路の旅(墨俣宿) 美濃路の旅(大垣宿第1部)

美濃路の旅(大垣宿第2部)

両側に残る一里塚(復元も含む)

江戸から9番目:品濃 神奈川県 23:畑宿 神奈川県 27:錦田 静岡県 28:伏見 静岡県
37:岩渕 静岡県 62:阿多古山 静岡県 84:来迎寺 愛知県
86:阿野 愛知県 87:有松 愛知県(復元、完成)

片側に残る一里塚(復元も含む)

江戸から5番目:市場村 神奈川県 8:保土ヶ谷 神奈川県 14:茅ヶ崎 神奈川県 27:笹原新田 静岡県
26 中山新田 静岡県 30:沼津 静岡県 32:沼田新田 静岡県 60:久津部 静岡県 61:木原 静岡県
63:宮之一色 静岡県 71:一里山 愛知県 80:大平 愛知県 88:笠寺 愛知県 103:中富田 三重県
104:和田 三重県 105:野村 三重県 106:関 三重県 112:今郷 滋賀県
113:林口 滋賀県 114:泉 滋賀県

全55箇所一覧

日本橋・ゴール
品川宿 川崎宿 鶴見宿(間の宿) 神奈川宿 保土ヶ谷宿 戸塚宿
藤沢宿 平塚宿 大磯宿 小田原宿 箱根宿 三島宿 沼津宿 原宿
吉原宿 蒲原宿 由比宿 興津宿 江尻宿 府中宿 丸子宿 岡部宿
藤枝宿 島田宿 金谷宿 日坂宿 掛川宿 袋井宿 見付宿 浜松宿
舞阪宿 新居宿 白須賀宿 二川宿 吉田宿(23年版) 御油宿(23年版)
赤坂宿(23年版) 藤川宿(間の宿、本宿) 岡崎宿 知立宿 鳴海宿 宮宿
桑名宿 四日市宿 石薬師宿 庄野宿 亀山宿 関宿(23年版) 坂下宿
土山宿(23年版) 水口宿(23年版) 石部宿 草津宿 大津宿 京都

画像をクリックして下さい.左から順番(日本橋から袋井宿まで)になっています。

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日本橋
554

品川

川崎

神奈川

保土ヶ谷

戸塚

藤沢

平塚

大磯

小田原

箱根

三島

沼津


吉原

蒲原

由比

興津

江尻

府中

鞠子

岡部

藤枝

島田

金谷

日阪

掛川

袋井

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三条大橋風景

新東京見物 1 2 3 4 5(スカイツリー工事中) 6

神奈川宿→日本橋ゴ−ル第1部  第2部 

箱根〜平塚第1部 箱根〜平塚第2部

興津〜駿府城〜安部川

富士の湧水・柿田川 (三島市)から富士川まで

桑名宿・七里の渡し場風景

本邦初・400年前の鈴鹿峠 鈴鹿峠2部

桑名宿・七里の渡し場風景 浜松&舞阪宿 弁天島海岸

和尚とji-jiの東海道膝鍛える旅道中 東海道膝鍛える旅道中(第2部)
興津宿→由比宿薩った峠越え約10キロ

史跡の宝庫神宮周辺第1部 (第2部) (第3部)
第4部 第5部 第6部(旧東海道、松田橋から伝馬町一里塚跡まで)

和尚とji-jiの東海道膝鍛える旅道中,草津宿第1部 草津宿2部
大津宿3部 大津宿4部

丸子宿→藤枝宿 島田宿 金谷宿→小夜の中山→日坂宿
掛川宿 袋井・見付宿 七里の渡し・宮宿(名古屋)
旧東海道・宮一里塚付近(名古屋) 110年ぶりの山車「大山」堀川まつり(宮宿)


広重、北斎、写楽ほか浮世絵展示場
浮世絵1(江戸風景・広重) 浮世絵2(北斎・栄泉・広重)

55箇所 東海道五十三次画像集(東日本編)| (西日本編)

東海道をテーマにした馬子唄・唱歌・歌謡曲をリンクしました。

箱根峠、鈴鹿峠の馬子唄をリンクしています。
鈴鹿馬子唄 試聴 CD 2008年 尺八民謡の響

正調鈴鹿馬子唄保存会と坂下宿 正調鈴鹿馬子唄 (正調鈴鹿馬子唄保存会)

鉄道唱歌 (明治・大正・昭和初期の唱歌) 鉄道唱歌第1集 東海道篇(歌 ボニージャックス)

日本一の名コンビ市川雷蔵と新珠三千代が演ずる 後追い三味線 島津亜矢

出世坂(16歳)ー島津亜矢 鳥羽一郎 東海道 箱根八の半次郎 音羽しのぶ・箱根峠

箱根のおんな/北島三郎 大井追っかけ音次郎 氷川きよし 旅姿三人男 旅鴉 (カラオケ) 五木ひろし

旅姿三人男  天童よしみ 次郎長笠 北島三郎 北島三郎 「勘太郎笠」 雪の渡り鳥ー島津亜矢

森の石松ー島津亜矢 男の街道ー島津亜矢 唐獅子牡丹ー島津亜矢 清水港−島津亜矢 天竜三度笠−島津亜矢

次郎長富士(カラオケ)北島三郎 鴛鴦道中−島津亜矢 元禄男の友情〜立花左近−島津亜矢

任侠吉良港−島津亜矢

愛知県・南知多町生まれの 【お吉物語】 島津亜矢

【お吉物語】 島津亜矢 島津亜矢 ★人生劇場 元禄名槍譜 俵星玄蕃

風の嵯峨野路 山本みゆき 渚ゆう子 - 京都慕情 十国峠B 鳥羽一郎  亜矢の三度笠ー島津亜矢 

【元禄花の兄弟 赤垣源蔵】 島津亜矢  【山】 島津亜矢  長編歌謡浪曲 信長 辰巳ゆうと

お俊恋唄−島津亜矢 後追い三味線 島津亜矢 鳥羽一郎 生命燃やして さすらいの望郷 鳥羽一郎

鳥羽一郎 志摩半島 寿太鼓  鳥羽一郎 鳥羽一郎 賢島の女 鳥羽一郎 五十鈴川恋歌

鳥羽一郎 伊勢湾 島津亜矢★☆演歌一本勝負 全画面でどーぞ

東海道53次の ひとり旅がリンクする演歌

波止場しぐれ・石川さゆり
小豆島の一泊旅行で観光船が土庄港へ入港すると港全体に響き渡る「波止場しぐれ」
「肩に重たい苦労なら捨てていいのよ拾ってあげる・・・・・に
迎えられて感動しました。

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東海道五十三次京都府の巻 東海道五十三次滋賀県の巻
東海道五十三次三重県の巻 東海道五十三次愛知県の巻
東海道五十三次静岡県の巻  東海道五十三次神奈川の巻
東海道五十三次日本橋の巻 東海道五十三次品川宿の巻
東海道五十三次日本橋

トップページ  

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平成25年2月16日27年ぶりSLあおなみ線を実験走行。ささしまライブ駅前広場で撮影。

名古屋ハイビジョン動画館(市内編)

名古屋ハイビジョン動画館(市外編)


稲(とう)・中・美 濃尾環状歴史街道
へ行きます。


東・中・美:環状歴史・出世街道は宮宿(熱田)から始まります。


写真をクリックで木曽路の旅に行きます。


写真をクリックで徳川家康公 
愛知史跡めぐりへ行きます。

旅のお役にたつ情報(リンク集)

グーグル翻訳(日本語→English)


5日間すっ飛び乗りまくり旅下関→山陰→ 日光(第1回)
北海道〜名古屋2300キロ鉄道・車150歳の二人旅
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70歳からの東海道53次宿場のひとり旅 1996,3〜2018,11,6日まで520,360プラス現表示(各サイト合計) 中山道69次の旅(グーグルマップ、 youtube、ウィキペデイア)のコラボで90歳になり完結

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