広重画を検証し15年かかった東海道53次の旅(西日本編、見付宿〜京都)


東海道53次宿場画像集(東日本編)

東海道53次宿場画像集(西日本編)

中仙道・草津宿まで繋がりました。

和暦西暦早見表

東海道五十三次 宮宿 裁断橋物語(第1部〜2部)


この橋を有名にしているのはその擬宝珠に刻まれた銘文で、母が子を思う心情として
この橋を通る旅人に多くの感銘を与えたとされる。又この敷地内には姥堂と都都逸
発祥の地という大きな記念碑が建っている。 姥堂・裁断橋説明拡大

裁断橋
この橋を渡る旅人はこの銘文に感動を受けたと言われる。 豊臣秀吉の小田原攻め


史跡コース左写真は裁断橋の擬宝珠(実物は市博物館に保管)に刻まれた銘文の一部を
写したもので全文は上に書いています。写真右は旧東海道の精進川(この史跡のすぐ東に
あった)
にかかる大正10年ころの裁断橋、現在は川はなくこの史跡があるのみです。
この橋のたもとで堀尾金助は 母に見送られて|豊臣秀吉の小田原攻めに向かった。

東海道五十三次 宮宿 裁断橋物語(第2部)


Hideyoshi and Horio Yoshiharu
ウィキメディア・コモンズ経由で・稲葉山城の間道に秀吉を案内する堀尾吉晴(『新撰太閤記』 歌川豊宣画)

堀尾吉晴

さて裁断橋物語の第2部は第1部取材後約10年余経過し堀尾金助の出身地が丹羽郡大口村で
あること位の認識でした。その間に東海道、中山道(草津〜贄川宿まで)、美濃路、鎌倉
街道(尾張編)、下街道を取材し終え、最近になって裁断橋、姥堂が復元されていること
知り大口町堀尾跡公園(裁断橋)を訪ね、東海道53次、裁断橋物語の第2部を編集する
ことにしました。

堀尾跡公園(裁断橋)の説明板。 堀尾跡公園(裁断橋)


公園内姥堂前に埋められた絵画2点。「この世にいくさというものがあるかぎり、若者たちは命を
うばわれていくことだろう」!!。いまや世界に通じる母親の悲しい気持ちでしょう。


公園内に復元された裁断橋(左)。右は当時の裁断橋の風景を描いた絵で姥堂前に埋められています。


裁断橋のたもとの説明モニュメント。母から子・孫へと引き継がれる愛情は未来永劫平和と
ともに共存してゆきます。


裁断橋と姥堂(復元)。 日本ライン(木曾川)・ 堀尾公園跡(裁断橋)


愛知県史跡:堀尾吉晴邸址(右)。敷地内の母子の銅像(左、金助出陣姿18歳)。 この小田原の合戦で
北条氏が滅び、豊臣秀吉が天下を平定し大きな戦は無くなった 関連リンク:堀尾茂助


日本女性の三大名文と言われる。


左は「金助とその母」と横書きの題字の石碑。碑文は判読しずらい。右説明文は下記に拡大。


上記碑文の拡大。


八剣社と境内の堀尾氏邸宅跡案内。


八剣社東の桂林禅寺と堀尾家の供養塔(右写真中央)

旧東海道(宮宿、熱田区七里の渡し)
旧東海道(熱田神宮) 旧東海道(熱田区裁断橋) 旧東海道(宮一里塚)
旧東海道(瑞穂区松田橋) 旧東海道(南区呼続、山崎橋、山崎城址西)
旧東海道(南区呼続、白豪寺東)旧東海道(南区呼続、富部神社東)
旧東海道(南区笠寺付近)旧東海道(緑区丹下地区)旧東海道(緑区鳴海宿)

Minamoto no Yoritomo
ウィキメディア・コモンズ経由で・神護寺所蔵の三像のひとつ(神護寺三像参照)。


神宮西駅西側出口から南へ50メートル国道19号線沿い西側、熱田神宮の
向かい側にある誓願寺門前である
源義朝:頼朝・義経公父子の史跡を訪ねて(愛知、その1) (愛知、その2) (愛知、その3) (県外、その4)
(遠江・駿河・伊豆編、その5) (相模・武蔵編、その6) (鎌倉市、その7)


左から織田信長公幼少期像。 尾張中村・豊国神社。 岡崎城と家康公産湯の井戸。

豊田市・松平郷


天下茶屋の案内板


矢作橋西に建つ工事中の日吉丸、蜂須賀小六の出会い像の説明写真。 矢作橋西詰め

最新の矢作橋(16代目)、岡崎市中心部を望む。2015.7.10撮影。
明治天皇碑文(左)

写真左の右は16代目新矢作橋、左は撤去中の15代目の橋。

「出会之像」台座の図面。

名古屋ハイビジョン動画館

(箱根宿特集その1) (特集その2) (特集その3)


信長を大将に、すぐ近く児玉の丹羽長秀、 2キロ上流比良の佐々成政、荒子の前田利家
同じ荒子の池田恒興、1キロ強南の中村の秀吉 など身近にいた少年時代のガキ大将の群れ
が この付近を暴れまわり、闘争心を学び全国へ出世して行った姿は400年経ったいまも
何か心がわくわくしてきます。そして彼らを支えた「ねね」は地元 「まつ」も2キロ圏
内(七宝村)
に生まれた。蜂須賀小六、福島正則も「まつ」の近くで生まれています。


信長、秀吉が仲良く遊んだ現在の枇杷島河原。 庄内川、枇杷島河原 豊臣秀吉誕生地


坂を下り右折する角に美濃路の立派な新しいモニュメントが完成しました。

説明板。


ポケットパーク内の説明石碑。

説明板拡大。


上記枇杷島橋を拡大。


説明板地図拡大。赤線が美濃路経路です。


尾州殿茶屋跡(個人宅)。



白山神社拡大。

美濃路の経路図。


上記の拡大写真。若き日の豊臣秀吉など引き連れ桶狭間の戦いに出陣、この神社で戦勝祈願し
凱旋したのはこの街道である。

白山神社と名古屋十名所碑。


名塚城砦跡1。

名塚城砦跡2。鶴舞線・庄内通駅下車3分です。


鳴海宿・高札場復元。


往時を彷彿させる宮の渡し場風景。
宮の宿は東海道一番の賑わいを見せたといわれる。
神宮南門から約500mで渡し場に出る。


この橋を有名にしているのはその擬宝珠に刻まれた銘文で、 母が子を思う心情として
この橋を通る旅人に多くの感銘を与えたとされる。又この敷地内には姥堂と都都逸
発祥の地という大きな記念碑が建っている。 姥堂・裁断橋説明拡大


愛知県大口町にある堀尾跡公園(裁断橋)。
立派に復元されています。

Hideyoshi and Horio Yoshiharu
ウィキメディア・コモンズ経由で・稲葉山城の間道に秀吉を案内する堀尾吉晴(『新撰太閤記』 歌川豊宣画)

堀尾吉晴


愛知県史跡:堀尾吉晴邸址(右)
。敷地内の母子の銅像(左、金助出陣姿)。

Google Translation(nihongo→English)
テキスト文字のみ翻訳できます。

写真内の文字は翻訳できません。


日吉丸(後の豊臣秀吉)と三河・矢作橋で蜂須賀小六と出会い
の定説は塗り替える・・・・・。


内田橋の欄干に設置された七里の渡し場風景。


旧東海道沿いではありませんが濃尾平野を語るに忘れてならないのが 東の赤穂浪士(泉岳寺)
西の薩摩義士24名の治水割腹物語、その24名を手厚く弔うのが海蔵寺です。


海蔵寺境内にある平田靱負(ゆきえ)以下薩摩義士21名の墓所。
薩摩儀士の像
フリー百科辞典・治水神社境内の薩摩義士の像
宝暦治水事件
宝暦治水の偉業を顕彰するため1900年(明治33年)三川分流工事の竣工時に建てられた。


文壇の大御所・丹羽文雄生誕の地(崇顕寺)、
下写真の駅前大通に出る約300メートル南,郵便局隣

381

画像の中の文字、
曲名をクリックして下さい

東海道脇往還:佐屋街道の身軽旅。


江戸時代からの佐屋街道(陸路)は

明治になりこのルートに変更されました

中仙道・垂井宿から草津宿

まで完成しました。

鎌倉街道・尾張編完成しました



銅像を正面と斜めから撮って見ました。三条大橋西
別人のような風情です。


昔、田村川(土山宿)
には鮎が遡上し群れを成して泳いでいたものと思われます。
今はどうでしょうか俳人井上士朗は名古屋市守山区の出身で今も 東区大光寺横に宅跡があります。

遠くて行けない「四国お遍路」に代わり身近な、一周約234キロ、
30宿場の宿学旅行東・中・美-環状歴史・出世街道の旅にでませんか。
信長気取りも良し、芭蕉を慕うも良し、平成親子お遍路も、健康にも、学習、
大自然にもすべて良し。宿学旅行東・中・美-環状歴史・出世街道の旅
旅のお役にたつ情報

中仙道・柏原宿〜醒ヶ井宿の旅(162.8mb)

中仙道・武佐宿と安土城跡の旅第1部(162.8mb) 第2部

関が原古戦場跡第1部 関が原古戦場跡第2部

グーグル翻訳(日本語→English)

本邦初 400年前の鈴鹿峠(196.5mb) 鈴鹿峠2部(188.6mb)

中仙道往還:美濃路の旅(名古屋宿第1部) 美濃路の旅(清須宿第1部)

美濃路の旅(清須宿第2部) 美濃路の旅(萩原宿→起宿)

美濃路の旅(墨俣宿) 美濃路の旅(大垣宿第1部)

美濃路の旅(大垣宿第2部)

両側に残る一里塚(復元も含む)

28:錦田 静岡県 29:伏見 静岡県
37:岩渕 静岡県 62:阿多古山 静岡県 84:来迎寺 愛知県 86:阿野 愛知県
87:有松 愛知県(復元完成)

片側に残る一里塚(復元も含む)

江戸から5番目:市場村 神奈川県 8:保土ヶ谷 神奈川県 14:茅ヶ崎 神奈川県 27:笹原新田 静岡県
26 中山新田 静岡県 30:沼津 静岡県 32:沼田新田 静岡県 60:久津部 静岡県 61:木原 静岡県
63:宮之一色 静岡県 71:一里山 愛知県 80:大平 愛知県 88:笠寺 愛知県 103:中富田 三重県
104:和田 三重県 105:野村 三重県 106:関 三重県 112:今郷 滋賀県
113:林口 滋賀県 114:泉 滋賀県

全55箇所一覧

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日本橋・ゴール
品川宿 川崎宿 鶴見宿(間の宿) 神奈川宿 保土ヶ谷宿 戸塚宿 藤沢宿
平塚宿 大磯宿 小田原宿 箱根宿 三島宿 沼津宿 原宿
吉原宿 蒲原宿 由比宿 興津宿 江尻宿 府中宿 丸子宿 岡部宿
藤枝宿 島田宿 金谷宿 日坂宿 掛川宿 袋井宿 見付宿
浜松宿 舞阪宿 新居宿 白須賀宿 二川宿 吉田宿(23年版) 御油宿(23年版)
赤坂宿(23年版) 藤川宿(間の宿、本宿) 岡崎宿 知立宿 鳴海宿 宮宿
桑名宿 四日市宿 石薬師宿 庄野宿 亀山宿 関宿(23年版) 坂下宿
土山宿(23年版) 水口宿(23年版) 石部宿 草津宿 大津宿 京都

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画像をクリックして下さい.左から順番(見附宿から京都まで)になっています。

見附

浜松

舞阪

新居

白須賀

二川

吉田

御油

赤坂

藤川

岡崎

知立

鳴海


桑名

四日市

石薬師

庄野

亀山


坂下

土山

水口

石部

草津

大津

京都
広重画 複製、転載禁止となっています。
The Hiroshige drawing, a duplicate, the ban on reproduction


広重画検証:北脇縄手付近から見る風景が広重画と良く似ています。
左、柏木公民館前の名物干瓢つくりの一家人形劇
人形劇が誰でもご覧になれます

本邦初 400年前の鈴鹿峠 鈴鹿峠2部

桑名宿・七里の渡し場風景 三条大橋風景

神奈川宿→日本橋ゴ−ル第1部  第2部 

箱根〜平塚第1部 箱根〜平塚第2部

興津〜駿府城〜安部川 御油・岡崎さくら見物)

富士の湧水・柿田川 (三島市)から富士川まで

桑名宿・七里の渡し場風景 浜松&舞阪宿 弁天島海岸

和尚とjijiの東海道膝鍛える旅道中 東海道膝鍛える旅道中(第2部)
興津宿→由比宿薩った峠越え約10キロ

史跡の宝庫神宮周辺第1部 (第2部) (第3部)
第4部 第5部 第6部(旧東海道、松田橋から伝馬町一里塚跡まで)

和尚とji-jiの東海道膝鍛える旅道中,草津宿第1部 草津宿2部
大津宿3部 大津宿4部

丸子宿→藤枝宿 島田宿 金谷宿→小夜の中山→日坂宿
掛川宿 袋井・見付宿 七里の渡し・宮宿(名古屋)
旧東海道・宮一里塚付近(名古屋) 110年ぶりの山車「大山」堀川まつり(宮宿)

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jiji・babaのさくらと新お江戸見物2 3 4 5 6

東海道五十三次画像集(東日本編) (西日本編)

東海道をテーマにした馬子唄・唱歌・歌謡曲をリンクしました。

箱根峠、鈴鹿峠の馬子唄をリンクしています。
鈴鹿馬子唄 試聴 CD 2008年 尺八民謡の響

正調鈴鹿馬子唄保存会と坂下宿 正調鈴鹿馬子唄 (正調鈴鹿馬子唄保存会)

鉄道唱歌 (明治・大正・昭和初期の唱歌) 鉄道唱歌第1集 東海道篇(歌 ボニージャックス)

日本一の名コンビ市川雷蔵と新珠三千代が演ずる 後追い三味線 島津亜矢

鳥羽一郎 東海道 箱根八里の半次郎 音羽しのぶ・箱根峠

箱根のおんな/北島三郎 大井追っかけ音次郎 氷川きよし 旅姿三人男 旅鴉 (カラオケ) 五木ひろし

旅姿三人男  天童よしみ 次郎長笠 北島三郎 北島三郎 「勘太郎笠」 雪の渡り鳥ー島津亜矢

森の石松ー島津亜矢 男の街道ー島津亜矢 唐獅子牡丹ー島津亜矢 清水港−島津亜矢 天竜三度笠−島津亜矢

次郎長富士(カラオケ)北島三郎 鴛鴦道中−島津亜矢 元禄男の友情〜立花左近−島津亜矢

愛知県・西尾市生まれの尾崎士郎

任侠吉良港−島津亜矢


島津亜矢 ★人生劇場

愛知県・南知多町生まれの 愛知県・南知多町

【お吉物語】 島津亜矢

元禄名槍譜 俵星玄蕃

風の嵯峨野路 山本みゆき 渚ゆう子 - 京都慕情 十国峠B 鳥羽一郎  亜矢の三度笠ー島津亜矢 

【元禄花の兄弟 赤垣源蔵】 島津亜矢  【山】 島津亜矢  長編歌謡浪曲 信長 辰巳ゆうと お俊恋唄−島津亜矢

後追い三味線 島津亜矢 鳥羽一郎 生命燃やして さすらいの望郷 鳥羽一郎 鳥羽一郎 志摩半島

寿太鼓  鳥羽一郎 鳥羽一郎 賢島の女 鳥羽一郎 五十鈴川恋歌

鳥羽一郎 伊勢湾 島津亜矢★☆演歌一本勝負 全画面でどーぞ

東海道53次の ひとり旅がリンクする演歌

波止場しぐれ・石川さゆり
小豆島の一泊旅行で観光船が土庄港へ入港すると港全体に響き渡る「波止場しぐれ」
「肩に重たい苦労なら捨てていいのよ拾ってあげる・・・・・」に
迎えられて感動しました。

東海道五十三次京都府の巻 東海道五十三次滋賀県の巻
東海道五十三次三重県の巻 東海道五十三次愛知県の巻
東海道五十三次静岡県の巻  東海道五十三次神奈川の巻
東海道五十三次日本橋の巻 東海道五十三次品川宿の巻
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70歳の節目で計画し,病気であきらめていましたが12年ぶりの再開です。
2011.6.29,83歳の誕生日に孫と日本橋にゴールしました。

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平成25年2月16日27年ぶりSLあおなみ線を実験走行。ささしまライブ駅前広場で撮影。

名古屋ハイビジョン動画館(市内編)

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70歳からの東海道53次宿場のひとり旅 1996,3〜2018,11,6日まで520,360プラス現表示(各サイト合計) 中山道69次の旅(グーグルマップ、 youtube、ウィキペデイア)のコラボで90歳になり完結

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が提供しています。